本との付き合い方を考える――『思考のレッスン』を読んで(1)

 今回のテーマは、ズバリ HOW TO MAKE GOOD FRIENDS WITH BOOKS(本といい友達になるには)です。
 ここ一、二年の自分の関心は「知的生産」や「デザイン」にある。ネットが発展してきた現代では、人間にしかできないことがこれから価値を持つ。「人間にしかできないものって何だろうか?」と考えてみたとき、まっすぐに思い浮かんだのが、何か新しいものを生み出す能力だった。それで僕は人にしかできないものを知るために、知的生産術や思考法、発想法についての本を読むことにした。
 これらの本を書く多くの著者が、知識や情報を得るソースとして「本を読むこと」の重要性を訴えている。本好きな自分は「ナルホド!」、「やっぱり!」と思ったものの、自分の生活を振り返ってみると、案外この「本との良い付き合い方」を知らないな、ということに気がついた。現代では、本は大量に溢れており、本を読むことも「あたりまえ」の習慣になってきている。けれども、本の読み方・付き合い方について、ちゃんと教えてくれる人はあまりいないのではないだろうか。
 「なんとなく」本を読んでしまうことは、下手をすると、時間の浪費にしかならない場合がある。これを防ぎ、より多くのものを読書から吸収するためにも、本との付き合い方そのものを知っておく必要がある。読書が知的生産をする上での重要なカギになっているのであれば、なおさらである。 「速読」や「スローリーディング」を取り扱った本は、読んでいく速さや読書をする際のエネルギーの配分の仕方(あるいは緩急の変化と言ってもよい)については教えてくれるのだが、自分は、それとは違うもの、もっと根源的な「本との付き合い方」を学びたいと思った。読書のスピードやエネルギー配分より先に踏み込んだ内容を知りたい。
 そんなときに出会ったのが、丸谷才一さんの『思考のレッスン』(文春文庫)だ。本屋でパラパラとなかを開いときに次のような言葉と出会って自分は買うことにした。

 人間がものを考えるときには、詩が付きまとう。ユーモア、アイロニー、軽み、あるいは極端に言えば、滑稽感さえ付きまとう。そういう風情を見落としてしまったとき、人間の考え方は堅苦しく重苦しくなって、運動神経の楽しさを失い、ぎこちなくなるんですね。
 つまり遊び心がなくちゃいけない。でも、これは当たり前ですよね、人間にとっての最高の遊びは、ものを考えることなんですから。(219頁)

 ここには丸谷さんの姿勢が見える。「ものを考えることは、人間にとっての最高の遊びだ」。この言葉に強く惹かれ、この本を読んでみたいと思った。丸谷さんは、本を読む上で大事なことを、つつみ隠さず教えてくれる。500円程度で「本との付き合い方」を改めて学ぶことができると考えれば、非常に安い授業料だと僕は思った。実践的かつ本質的なアドバイスがこの本のなかに溢れている。
 丸谷さんは文学や評論などのフィールドに身を置いているので、そういった方面に興味がない人にとっては、本書のなかで述べられている具体例や話は知らないものがあって、少し入りづらいかもしれない。なので、「本との付き合い方」に関して、『思考のレッスン』からいくつか大事なエッセンスを抜き出してみた。より良い本との付き合いを楽しんでいただきたい。今回のエントリー全体は、次のようにAからEまでで構成されている。こちらを参考にして、興味のある部分に目を通していただけたら、幸いです。

A 本を読む上で大事なこと
B 読書の3つの効用
C ひいきの書き手を見つけること
D ホームグラウンドをつくる。ホームグラウンドについて考える
E 索引(インデックス)で書き手のアンテナの張り具合をたしかめる


A 本を読む上で大事なこと
 「本の読み方の最大のコツは、その本をおもしろがること、その快楽をエネルギーにして進むこと。これですね。」(103頁)

B 読書の3つの効用
 丸谷さんは、読書には、3つの効用があるという。

1.情報を得られること
2.本を読むことによって考え方を学ぶことができる。
3.書き方を学ぶこと

 注意深く見ると、1から3へと向かうあいだに、読書の目的が徐々にアウトプットへとつながってきていることがわかる。丸谷さんは読書をする上では、余韻について考えることが、つまり「面白い部分や関心を持った部分があったら、そこにとどまって考えてみることが大事だ」と言う。

 本を一冊読んでおもしろかったり、感心したりしたら、そのままにしないで、著者のものの考え方は何が特徴か、どのように論理は展開されているか、と考えると、とてもためになります。(109−110頁)

 本を読んでおもしろいと思ったら、それがどのような書き方をされているから感銘を受けたのかを考える。これも大事ですね。(110頁)

 考え、発想が面白いかどうかだけではなく、それがどのようなプロセス・順序を踏まえて伝えられているのか、考えてみる。教育学者の斎藤孝の語彙を借りて説明すれば、本を書いた著者の書き方・考え方の「型」を学ぶことが読書では重要になる。特に、知的生産に携わりたいという人にとっては、これはおぼえておくと非常に役に立つのではないかと思う。
質の高い本を書く人というのは、いわば書くプロ・考えるプロである。彼らは膨大なエネルギーや時間、自分が持つ知識・知恵を総動員して本を書いている。そうした人たちが、どのような「プロセス」を踏んで意見や考えを述べているか考えてみれば、吸収できるものがきっとあるはずだ。
 読んだ本がとても良ければ、その本を書いた著者自身について調べてみるのも非常に役立つ。特に人文や文学、思想関係の本では、それを書いた著者がどのような問題にぶつかった上でその考え・知見を本の形にしたのか、バックグラウンドを知ることが出来る。「学者の書いた回顧録、自伝、伝記、インタビュー、これはその人のものの考え方がはっきりと出ることがあって、とても参考になります」と丸谷さんは言う。(123頁)

C ひいきの書き手を見つけること
 つづいて、本選びのコツについて。自分が信頼できる書き手を見つけたら、そこから芋づる式に手を広げてゆくといいと丸谷さんは言う。そのためには優れた書評を読むことが、肝になる。

 コツの一つは書評を読むことですね。そうすれば、かなり本選びのコツがわかります。(略)うんと感心した書評があったら、読んでみる。そして、もう一つ大事なのは、その書評を書いた人の本を読んでみることです。この二つをやるととても具合がいい。別の言い方をすれば、ひいき筋の書評家を持つということですね。(117−8頁)

 僕もこの方法を採用してから、自分が良いなと思える本と出会う確立が格段に上がった。確かな目と考えを持つ書き手の人がしっかりと評価している本には、良いものが多い。

D ホームグラウンドをつくる。ホームグラウンドについて考える
 書き手の「ホームグラウンド」はどこにあるのか、その人はどんな分野に身を捧げているのか考えることで、読書に深みが増すと、丸谷さんは言う。

 今までの日本人のものの考え方は、個性を中心にして考えて、伝統というものを考えなかった。だから彼のホームグラウンドは何だろうと考えることをしなかったわけですね。
 ところが、文化というものは、それぞれ別のホームグラウンドを持っている人々が、次々に受け渡して行くものなんですね。そこのところがおもしろい。
 たとえば夏目漱石は何だろう? 何と言ったって、大事なのはイギリス十八世紀小説に決まっている。だって、あれだけがんばって勉強したんだもの。彼の小説はそこから生まれてきたんです。(略)
漱石論もそうですけど、僕は常に、その人のホーム・グラウンドは何かを考えてそこから分析と比較を始める。これが僕の方法なんですね。(145−6頁)

 相手が最もエネルギーを注いでいるものについて頭をめぐらすことで、相手の訴えるメッセージの確信に近づくことができる。逆に、これを怠ったまま、自分が反論・反証する目的で本を読むことは、あまり生産的な読書にはならない。これは批評についても当てはまる。相手が一番エネルギーを割いている箇所はどこなんだろうか、と考えることによって、僕らはそれまで気付かなかった思考・発想を学び取ることができる。
 また丸谷さんは、読み手が「ホーム・グラウンド」を持つことは、積極的な姿勢で考えることに臨む上でも大いに役立つと言う。

 ホーム・グラウンドでの知識、経験を抱えて、専門以外の分野へのどんどん出て行くわけです。ヴィジターとして他のグラウンドへ行って、そこで十分戦うことができる、対等に戦える。そのことが大事なんですね。(略)
 われわれだってホーム・グラウンドは持てる。(略)自分にとっての主題というか、もっと広い意味で自分のホーム・グラウンドがあるようにして読む、それはおのずからできると思うんですよ。(略)
 何かものを考える場合、常に複数の主題を衝突させて、それによって考えて行くとうまく行く、あるいは考えが深まることがよくある。その原則をいまの話に当てはめてみると、当面の対象と、自分のホーム・グラウンドとをぶつけることによって、新しいものの見方、発想が出てくるんじゃないかという気がします。(148−50頁)

 誰もが必ずスペシャリストになれるわけではないけれども、自分で「キーワード」(あるいは主題)を設定して、それと結びつけながら本を読むことはできる。自分の持つ関心・問題意識と照らし合わせながら本を読むことで、よりアクティブな読書を楽しむことができる。

E 索引(インデックス)で書き手のアンテナの張り具合をたしかめる
 僕の興味を強く引いたのは、「インデックスリーディング」の箇所だ。ここでは、本を読みながら、自分があとでいつでも好きなときに検索できるように「自分でインデックスを作る」ことと、本を読む際に、「インデックスから読んでいく」という方法について述べられている。

 索引というのは、読書をする上でとても大切なものです。(略)本を読んでて、感心したり、大事だなと思ったら、線を引いたり書き込みをするでしょう。そのとき、見返しのところに、何ページにこんなことがあったというメモをしておくだけでいいんです。それが後で索引になってとても具合がいいんですね。
 最初にあとがきを読むという人がいるけれど、僕の場合は、ます索引を読むことが多い。索引に目を通すと、一体この人は何に関心があってこの本を書いたのかというのがわかるんですね。中には、主題との関係で、当然あるはずの項目が索引にないこともあります。つまり、この本は何が扱ってあるのかと同時に、何が扱ってないかということに気をつけて索引を一瞥しておくと、本文を読むときにとてもうまく行くんです。(166−8頁)

 先にあげた「ホームグラウンド」や自分の主題を引き合いにだすと、インデックスを見ることによって、自分がこれから読む本が、自分の興味・主題に関係のあるものかどうか判断をすることができる。つまり、インデックスを丁寧に見ることによって、自分が張っているアンテナと方向性やトピックが一致するかどうかが分かる。
 また、複数の著者がインデックスのなかで同じ本を取り上げている場合、その本を次に読んでみると得るものが多い。これは論文など、「優れた材料をそろえることが欠かせない」文章を書く上で非常に役立つ。
インデックス・リーディングは立ち読みにも応用できる。丸谷さん風に言うと、本屋で新しい本、自分が興味を持っている本の内容を知りたいときは、立ち読みで中身と一緒にインデックスもチェックしておくと、「とても具合がよくなります」。この習慣を身につけると、本を選ぶ目も磨かれます。

 このエントリー、本との付き合い方を考える上で参考になったでしょうか? 次のエントリー記事では、『思考のレッスン』のなかから「考えること」について書かれた部分を抜き出します。 

思考のレッスン (文春文庫)

思考のレッスン (文春文庫)